がんばる、ハングル

韓流ドラマにはまり、韓国語の勉強も始めました。「韓国語マラソン」で勉強中ですが、 ほぼ独学なので自分を鼓舞するためにブログを始めました。勉強した内容や韓流ドラマの感想など、韓流を中心に色々お話したいと思います。

私たちの幸せな時間

【ストーリーテレビ

3人を殺した死刑囚チョン・ユンス(カン・ドンウォン)と自殺未遂を繰り返すムン・ユジョン(イ・ナヨン)は毎週木曜日の10時〜13時まで刑務所内で会うようになる。
ユンスもユジョンも世の中に絶望していた。ユジョンは叔母でシスターのモニカ(ユン・ヨジョン)に「あなたに会いたがっている」と言われいやいや着いて来たユジョンだった。昔歌手だったユジョンが歌っていた「愛国歌」をユンスの弟が好きだった為だ。
お互いに最初はいやいやだったが、徐々に心を通わせ始める。お互いは似たもの同士だった。
ユンスは幼い頃の不遇を、ユジョンは思春期の辛い出来事を語り始める。
ユンスは初めて「生きたい」と思うようになる。ユジョンは死のうと考えなくなった。
毎週木曜日の3時間を二人は楽しみにしていた。
二人のそんなひとときを奪うべき死刑執行の日が近づいていた。


【おすすめ度(5つが最高)グー
★★★★


【感想話す(ネタバレあり)


何となく泣きたくて見たのですが、思ったよりは涙が出ませんでした。
年々涙の量が減ってきた気がするので、この映画のせいではないと思いますが。

ユンスは知り合いの男性がやった殺人も自分がやったことにしてしまい、結果的に3人殺人(内2人は自分で実行?)となってしまいましたが、もう2人も3人も変わらないしこの世に自分の居場所などないときっと思ってしまっていたのでしょうね。でも、残酷ですよね。人生の最後の最後で愛すべき人と出会ってしまうなんて。
ユジョンはどうして自殺を繰り返すのか意味がよくわからなかったけれど、私はユンスよりもユジョンの絶望の方がこたえました。同じ女性としてそりゃないよ、と言いたくなる様な出来事がユジョンにはあり、それがゆえに自分という存在の大切さがわからなくなってしまっても仕方ないかなと思ってしまいました。
ようやくお互いに希望の存在を見つけたのに、語り合い触れ合う時間があとわずかだなんて、本当にあんまりだなと思いました。劇中のユンスは本当はいい奴なのでこの人が死刑になるのは何とかならないのかと思ってしまいました。現実的に、死刑宣告されてようやく人間らしい心を取り戻したということがあるようですが、殺された被害者の存在があるのであとから真人間になったところで罪の取り消しはできませんから、こんな気持ちになることが既にフィクションなのですが後半はそういう気持ちにさせられます。

刑務官役のイ主任(カン・シニル)の存在もいいです。ユンスとユジョンは2人きりで会うわけにはいきませんから、刑務官立会いなのですがそれがいつもイ主任なのです。イ主任は人情派らしくユンスに温かく接します。ユジョンに会うときはいつも手錠をしながらご飯を食べたりしていたのが、途中からユンスの手錠を外してあげます。

ある日、ユンスよりも一回り以上年上の死刑囚でユンスにも声をかけてくれ、真人間になったと思われる男性が死刑執行の朝を迎えます。「彼(死刑執行された死刑囚)には悪いけど、これで当分執行はないよ」と(ユンスに、だったかユジョンに、だったか忘れましたが)言います。しかし、ある朝自分のデスクに向かうと、ユンスの死刑執行があると知ります。それを知ったイ主任はユジョンに電話しますが死刑をとめることなどもはやできません。
ユジョンは入院している母に会いに行き、「あなたを赦します。神様がいるならこれが一番私にとって辛いことだから、私が赦せば彼を救ってくれるかもしれない」といいます。これまで、母親にあてつけのようでもあった自殺未遂やその他の行動。この言葉はユジョンが言うのは本当に辛かったと思います。詳細をかけないので意味不明だと思うのですが、私なら言えるかどうかわかりません。

死刑執行のシーンは泣けました。冒頭で「現在の法体系で行われているものじゃない」みたいなことが書かれていたので、韓国での死刑制度がこうだというのではないかもしれませんが、ユジョンもマジックミラー越しに最期の言葉を述べるユンスの姿を目にしていました。(もちろん、執行の際にはカーテンで閉じられて執行の場面は見られませんが)私なら彼の最後の姿を見られるだろうかと疑問に思ってしまいました。かといって、知らない間に執行されてしまうのも悲しいのでしょうが。
おそらく、神父に「ユジョンさんも来ています」と耳打ちされたのでしょう。ユンスはそれを神父の耳打ち後、どこかなと探しながら「ユジョンさん、いるんでしょう?」と言うところは本当に切ないです。「ヌナ!(姉さん ※男性が姉を呼ぶときの言い方。実の姉でなくてもよく、年下の男性が年上の女性に親しみをこめて呼ぶ時にも使われるらしい)」と最後に呼ぶのですが、これはユンスが「来週誕生日なのでナイキの靴(ユンスの死んだ弟がユンスにねだったが最後まで買えなかったもの)を買ってください」と言われたユジョンが「だったら"ユジョンさん"じゃなく"ヌナ"と呼んで」と言って初めて呼ばれたのが最後だったのです。

お互いがかけがえのない存在になり始めた頃、ユジョンが海辺など日常の何気ない写真をポラロイドにおさめてユンスにプレゼントしていました。最後のシーンで、ユンスの荷物を整理する刑務官の姿が出ますが、整理する中にユジョンがプレゼントした写真が何枚も出てきます。ケーキを写した写真が出ますが、鏡を通して写真撮影するユジョンが写っていたものが出てきました。かわいらしい写真でありながらとても悲しく映っていました。

ドラマの本筋とは離れますが、刑務官の仕事も大変だなと思いました。邦画「13階段」でもありましたが、死刑執行の際、刑務官3人押すボタンのどれか1つが実際に執行するボタンなのですが、誰が執行の決定打を押したのかわからないように3人一緒に押します。刑務官の飲むシーンがあるのですが、若手刑務官が「きっとあれは俺が押したのが決定打になった」みたいなことを言っていました。先輩刑務官が「誰でも最初はそうなんだ」と励ましていましたが、嫌な仕事だなと正直思ってしまいました。

執行後のユジョンは一体どうなったのだろう?と思ってしまいましたが、その辺は描かれていません。描かないほうがいいのですが、こんなときユジョンのような女性はどうしたらいいのでしょうね。
ユジョンだってまだ若いのに衝撃的なことばかり経験してしまって。。。将来があるユジョンにどうか光を与えてほしいと思ってしまいました。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://ganbaruhanguru.blog34.fc2.com/tb.php/83-b61a1d1e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
track feed